「AIを入れたのに、結局うちの管理職は自分で全部やっている」。導入から数か月たった会社で、よく聞く言葉です。道具の問題だと思われがちですが、私の見立ては違います。その管理職は、おそらく部下にも任せられていない。任せられない上司は、相手が人でもAIでも、同じところでつまずくのです。第2章の締めくくりとして、この「委任力」について書きます。
■ 任せられない理由は、いつも三つ
管理職研修で「なぜ部下に任せられないのか」を聞くと、答えはほぼ三つに集まります。一つ目は、自分がやったほうが早い。二つ目は、失敗されるのが怖い。三つ目は、口には出しませんが、手放すと自分の役割がなくなる気がする。
AIに対しても、まったく同じことが起きます。頼み方を考えるより自分で書いたほうが早い。間違ったものが出てくるのが怖い。そして、AIに任せてしまったら自分は何をする人なのか、という不安。相手が変わっただけで、心の動きは変わっていません。だから、AIの導入がうまくいかない管理職を見ると、私はその人の部下への任せ方を見ます。たいてい、同じ形をしています。
■ 自社での実践:口を出したくなる自分と、どう折り合ったか
前回までに、私は複数のAIに仕事を回し、自分は輪の外に立って報告を受けている、と書きました。ただ、最初からそうできたわけではありません。始めた頃は、AIが一つ動くたびに結果を見て、違うと思えば途中で止めて直していました。当然、AIは私の返事を待つことになり、私は一日中、確認と返事に追われました。任せているつもりで、実際には抱え込んでいたのです。
変わったきっかけは、順番を入れ替えたことでした。途中で口を出すのをやめる代わりに、始める前に「何が揃っていれば自分は判断できるか」を決めて、それをAIに渡すようにしたのです。案は何通り、それぞれの根拠と欠点、検証で確かめたこと、そして私が決めるべき点はどこか。この形で報告が上がってくるなら、途中を見なくても判断できます。逆に言えば、それまで途中で口を出していたのは、何が揃えば安心して決められるかを、自分でも分かっていなかったからでした。
これは、部下への委任とまったく同じ構造です。任せられない上司は、途中で口を出します。任せられる上司は、始める前に「これを持ってきてくれれば私が決める」と渡しています。違いは性格ではなく、判断に必要なものを先に言葉にしているかどうかです。
■ 組織開発の視点:委任とは、責任を渡すことではない
権限委譲の話をするとき、私が必ず伝えることがあります。任せるとは、責任を手放すことではない、ということです。仕事の進め方と、その途中の判断は相手に渡す。けれども、結果に対する責任は上司が持ち続ける。これが委任です。責任まで渡してしまうのは丸投げで、途中の判断まで握り続けるのは抱え込みです。委任は、その中間にしかありません。
そして、この中間に立つために必要なのが、判断の基準を先に言葉にする力です。何ができていれば合格で、どこから先は相談してほしいのか。それを渡していれば、途中を見なくても済みますし、相手も安心して進められます。AIへの委任で私が学んだ「何が揃えば判断できるかを先に決める」は、部下への委任でも、そのまま使えます。
だとすれば、AIは委任力を鍛える、安全な練習台になります。部下に任せて失敗すると、本人も周りも傷つきます。AIに任せて失敗しても、傷つく人はいません。何を渡せば任せられるのか、どこで口を出したくなるのか、自分の癖を、リスクなく確かめられる。AIに任せられるようになった上司は、部下にも任せられるようになる。私はそう考えて、管理職の方にAIを勧めています。
■ 経営者のためのAction
一つ目に、部下に任せられていない仕事を一つ選び、まずAIに任せてみてください。その際、頼む前に「何が揃っていれば自分は判断できるか」をAIと一緒に書き出す。案の数、根拠、欠点、確かめてほしいこと。これを渡してから、途中は見ないと決めます。口を出したくなる場面が、自分の委任の癖です。
二つ目に、そこで書き出した「判断に必要なもの」を、そのまま部下にも渡してください。AIに渡せた基準は、人にも渡せます。任せられない上司を、任せられる上司に変える近道は、精神論ではなく、この一枚の基準を先に言葉にすることにあります。
