第9回 AIがあると人は育たなくなるのか:「考える機会」の設計

「若い社員がAIで答えを出すようになって、自分の頭で考えなくなるのではないか」。この半年、経営者の方からいちばん多く受けた相談が、これです。

気持ちはよく分かります。けれども、私の答えは「AIのせいで育たなくなるのではない。育つ機会を、私たちが設計せずに手放してしまうから育たなくなる」です。今回はこの「考える機会の設計」について書きます。

■ 人は、下ごしらえの中で育ってきた

思い返してみてください。私たちは若い頃、どこで力をつけたでしょうか。資料を集める、要点をまとめる、上司に出すたたき台を作る。こうした下ごしらえの仕事を繰り返す中で、情報の見方や、論点の立て方を身につけてきました。派手な仕事ではありませんが、あの反復が土台をつくった。

ところが今、その下ごしらえこそがAIの得意分野です。集める、まとめる、たたき台を作る。これらをAIに渡すと、仕事は速くなります。同時に、若手が力をつけてきた場そのものが、静かに消えていきます。ここに本当の問題があります。AIが人を育てなくするのではなく、育成の場だった仕事がAIに移るのに、代わりの場を誰も用意していないのです。

■ この数か月で、AIは「道具」から「部下」に変わった

この連載を書き始めた初夏の頃、私のAIの使い方は、文章や資料を頼む「道具」の段階でした。それが今では、複数のAIが役割を分担して動き、互いの成果物を検証し、私にはまとまった報告だけが上がってくる、という形になっています。途中でいちいち私が口を出すと、AIが私の返事を待つ時間が生まれ、私自身が仕事の詰まりになってしまう。だから、ある程度はAIどうしで回してもらい、最後の報告を受けて判断する。自分は作業の輪の外に立ち、判断だけを引き受ける形です。AIはもはや道具というより、部下やチームに近い存在です。

この変化は、経営者にとって二つの意味を持ちます。一つ目に、任せ方の設計がますます重要になったこと。これは前回までに書いてきた通りです。二つ目に、これは自分自身にも起きる、ということです。輪の外に立って報告だけを見ていると、たしかに楽になります。しかし、自分が考える機会もまた、減っていく。若手の育成を心配する経営者自身が、同じ罠の入り口に立っているのです。

■ 自社での実践:失敗を一行の言葉にして残す

では私は、自分とAIの仕事の中に、どうやって考える機会を残しているか。いちばん効いているのは、失敗を言葉にして残すことです。

AIに任せた仕事でうまくいかないことが起きるたびに、何が起きたか、なぜ起きたか、次はどうするか、をAIに向かって話します。私がやるのはそれだけで、AIがその言葉を短く整えて、失敗の知見をためた文書に書き足していきます。この文書は今、五百を超える項目になりました。次に似た仕事を始めるとき、AIは自分でこの文書を読みに行きますから、同じ失敗は繰り返しにくくなります。ただ、それ以上に大事なのは、言葉にする行為そのものです。何が起きたかを説明しようとすると、自分がどこで判断を誤ったか、どこを見ていなかったかが、はっきりしてくる。AIが速く動くほど失敗も速く積み上がりますから、考える機会はむしろ増えるのです。それを流してしまうか、言葉にして残すかの違いだけです。

もう一つは、選んだ理由を自分の中ではっきりさせておくことです。AIは複数の案を並べて出してきますから、私の仕事はその中から選ぶことになります。そのとき、なぜこちらを選んだのかを、自分で説明できる状態にしておく。速さに流されて「なんとなく上の案」で決めてしまうと、判断の基準がいつまでも育ちません。理由が言えるところまで考えておくと、次に同じ場面が来たときに迷いが減りますし、その言葉はそのまま、人に仕事を任せるときの説明にもなります。

■ 組織開発の視点:経験は、振り返って初めて学びになる

人が経験から学ぶ仕組みには、よく知られた型があります。経験する、振り返る、教訓を言葉にする、次に試す。この四つを回すことで人は育つ、という考え方です。組織開発の現場では、若手が伸びる会社と伸びない会社の差は、この「振り返る」と「言葉にする」の二つを、仕事の中に組み込んでいるかどうかで決まる、と言っても言い過ぎではありません。

AIがやってくれるのは、このうち「経験する」と「次に試す」を速くすることです。たたき台は一瞬で出てきますし、修正もすぐに試せる。一方で「振り返る」と「言葉にする」は、AIには代われません。というより、ここを人が手放した瞬間に、育成は止まります。

つまり、AI時代の育成設計とは、速くなった経験と試行のあいだに、振り返りと言語化の機会を意図して差し込むことです。たとえば、AIの出した案を採用するとき、部下に「なぜこの案でよいと判断したか」を自分の言葉で説明してもらう。AIに任せた仕事の報告には、作業の結果ではなく、自分がどこで何を判断したかを書いてもらう。失敗したときは、AIに責任を押しつけて終わらせず、自分の指示のどこが甘かったかを一行で残す。どれも小さなことですが、この小さな一手間が、消えかけた育成の場を取り戻します。

■ 経営者のためのAction

一つ目に、AIを使った仕事の報告に、「自分はどこで何を判断したか」を一行添えるルールを作ってください。作業の速さではなく、判断の質で部下を見る。この一行があるだけで、部下はAIの答えを流すのではなく、自分で選ぶようになります。

二つ目に、週に一度、AIとの仕事で起きた失敗を、部下と一緒に一行の言葉にしてください。AIに「今週うまくいかなかったことを一緒に振り返りたい」と頼めば、やり取りの記録から材料を出してくれます。そこから教訓を言葉にするのは、人の仕事です。

AIがあっても、人は育ちます。ただし、育つ機会を設計した会社だけが、です。下ごしらえがAIに移った今、考える機会を意図して置けるかどうかが、これからの人材育成の分かれ目になります。