第5回 何を任せ、何を渡さないか:委任の線引きは、管理職の権限委譲と同じ

「どこまでAIに任せていいのか、よく分からない」。経営者や後継者の方から、よくそう相談されます。

任せすぎれば、判断が空洞になる。任せなさすぎれば、せっかくの恩恵がゼロになる。だから、ちょうどよい線引きが要ります。そして、この線引きは、まったく新しい話ではありません。あなたが部下に仕事を任せるときの権限委譲と、同じ構造をしています。

■ 任せられるもの、渡してはいけないもの

線引きの原則は、案外はっきりしています。情報を集める、整理する、形を整える、案を複数出す。このあたりはAIに任せられます。一方で、最終的に何を選ぶか、何を捨てるか、その責任を誰が負うか、人の気持ちが絡む場面をどう扱うか。ここは人が握るべきところです。

ひとことで言えば、手間のかかる準備は渡してよく、価値観と責任に関わる判断は渡してはいけない、ということです。

■ 自社での実践:線引きを言葉にした

私は自分の仕事で、一度「これはAI、これは自分」をはっきり言葉にしました。下調べと整形はAIに任せ、決裁と対人は自分が持つ。それまで曖昧にしていたものを線にしてみると、不思議と迷いが減りました。

このとき役立ったのが、AIとの対話です。自分の業務を一つずつAIに説明しながら、「これはどちらが持つべきか」を一緒に並べていく。頭の中だけで考えるより、対話しながらのほうが、線がくっきりしました。

■ 線引きが曖昧だと、何が起きるか

線がないと、忙しいときに判断までAIに流してしまいます。逆に、不安なときには全部抱え込んでしまう。どちらも質が落ちます。線引きとは、「ここから先は自分の責任だ」という宣言でもあるのです。

■ 組織開発の視点:これは権限委譲そのもの

管理職育成で必ず出てくるのが、権限委譲です。何を部下に任せ、何を自分が持つか。仕事には、報告だけでよいもの、相談しながら進めるもの、完全に任せてよいもの、という段階があります。

AIへの委任も、この段階設計とそっくりです。だからこそ、人に任せるのが苦手な経営者は、AIに任せるのも苦手なことが多い。逆に言えば、AIで委任を練習すると、人への委任も上達します。AIは、委任の訓練相手にもなってくれるのです。

■ 経営者のためのAction

AIと対話しながら、自分の主要な業務の「委任マップ」を作ってみてください。それぞれの仕事を、AIに任せる・一緒に進める・自分が持つ、の三つに分けます。「この仕事はどこまで任せられて、どこは人が持つべきか、一緒に整理してほしい」とAIに頼むと、整理が進みます。

線がきちんと引ければ、AIにも、人にも、安心して任せられるようになります。作業は任せても、責任は渡さない。この一線さえ守れば、委任は怖くありません。