「うちも、AIで何かやらないといけませんね」。
最近、経営者や後継者の方とお話しすると、必ずと言っていいほど、この言葉を聞きます。お気持ちは、痛いほど分かります。ニュースを開けば、AIで業務が劇的に効率化したという話ばかり。展示会へ行けば、各社が競うように新しいツールを並べている。同業他社が先に動いたという噂も、耳に入ってくる。焦るなというほうが、無理な相談かもしれません。
ですが、二十年間、さまざまな企業の組織づくりの現場を見てきて、そしていま、自分の会社を実際にAIで動かしてみて、確信していることがあります。経営者が最初に問うべきは、「AIで何ができるか」ではない、ということです。問うべきは、「人に、何を残すか」。この一点です。
この連載では、全二十四回をかけて、「AIの時代に、人と組織をどう作り直していくか」を、私自身の試行錯誤と、組織開発の現場で積み上げてきた知見の両面から、お話ししていきます。記念すべき第一回は、すべての出発点となる、この「問いの立て方」から始めたいと思います。
■ 九十八個つくって、半分は使わなくなった
少し、恥ずかしい話からします。私はこの二年ほどの間に、自分の会社のために、AIを使った仕組みやツールを九十八個ほど作りました。業務を楽にしたい一心で、思いつく端から形にしていったのです。ところが気がつくと、その半分は、もう使っていませんでした。
いまも毎日動いているのは、研修案内メールの下書き、経費の精算、その日のタスクの整理といった、ごく地味な作業の部分です。一方で、いちばん気合いを入れて作り込んだ、提案資料のデザインを自動化する仕組みなどは、結局ほとんど使わなくなってしまいました。
なぜ、これほど差がついたのか。残ったものと消えたものを並べて見比べているうちに、はっきりとした共通点に気づきました。使い続けているのは、どれも「人がやらなくてもいい作業」だったのです。逆に、使わなくなったものは、どこかで「人の判断や感覚が要る部分」にまで、AIを踏み込ませようとしたものでした。
つまり、AIをうまく活かせるかどうかを分けていたのは、ツールの性能でも、流行りの新しさでもありませんでした。「何を任せ、何を人に残すか」という、たった一本の線の引き方だったのです。
■ これは「権限委譲」と、まったく同じことでした
ここで私は、組織開発や管理職育成の現場で二十年見てきたことと、見事に重なるのを感じました。
管理職研修で、いつも大きな壁になるのが、「任せられない上司」の問題です。作業は部下に渡せても、評価や、人を見る判断、そして最終的な責任までを丸ごと投げてしまうと、チームはほぼ間違いなく崩れます。かといって、何でも自分で抱え込んでしまう上司の下では、部下はいつまでたっても育ちません。優れた管理職というのは、例外なく、「何を任せ、何を自分の手に残すか」の線引きが上手なのです。
AIとの付き合い方も、これとそっくりそのままでした。経費精算や日程の調整は、丸ごとAIに渡してかまいません。けれども、「この研修で、どの社員を、どう伸ばすか」「この提案を、誰に、どんな言葉で届けるか」といった判断だけは、私は絶対に渡しません。
そして、ひとつ面白いことに気づきます。AIの性能が上がれば上がるほど、むしろ「最後に人が何を判断するか」のほうが、際立ってくるのです。九割がた正しい文章を、確認もせずに送ってしまった瞬間に、事故は起きます。便利になればなるほど、人間が最後に手を入れる、その一押しの値打ちが上がっていく。これは、現場で何度も実感したことです。
■ 「人にしかできないこと」を決めるのが、経営の仕事
だとすれば、経営者が最初にやるべきことは、世に出回るAIツールを探し回ることではありません。
自社の仕事の全体を見渡して、「人にしかできないこと、つまり人に残すこと」を、自分の言葉で定義することです。
そして、残すと決めたものこそが、これからの人材育成と組織づくりの、まさに核になります。最終的な判断、結果に対する責任、人と人との関係づくり、お客様や現場の機微を読み取る力。こうした「残すべき仕事」に、社員の時間とエネルギーをどう集中させていくか。AIは、そのための道具にすぎません。この順番を取り違えて、道具を入れること自体が目的になってしまうと、「AIは導入したけれど、現場はかえって疲れただけ」という、よくある残念な結果に終わってしまいます。
■ 経営者のためのAction
まず一つ目に、自社の主要な業務を、AIと対話しながら洗い出してみてください。「うちの会社の仕事を一覧にして、AIに任せられそうな作業と、人の判断が要る仕事とに、仮で分けてみて」と頼めば、たたき台はすぐに返ってきます。そのうえで、最終的な線引きは、ご自身で決める。これはまさに、この記事でお話しした「下ごしらえはAIに、判断は人が」を、経営者自身が実践する最初の一歩になります。
二つ目に、「人に残す」と分けた仕事をあらためて眺めて、こう問うてみてください。「これを担える人材を、いまうちの会社は、どう育てているだろうか」と。
そして三つ目に、AIの導入を具体的に検討する前に、この線引きを、一度ぜひ幹部の方々と一緒に言葉にしてみてください。何を機械に任せ、何を人の仕事として大切にするのか。その対話そのものが、AI時代の組織づくりの、確かな第一歩になります。
AIの時代に問われているのは、「どんな道具を使うか」ではなく、「人に何を残し、何を任せるか」という、きわめて経営的な判断なのです。
次回は、この線引きの前提となる「仕事を分解する力」、いわばAI時代の経営の基礎体力について、もう一歩踏み込んでお話しします。
